Cherry Ln Journal ミシガン州立大学で音楽療法を学ぶ〜
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  • 音声はWMA形式です。Windows Media Playerで聴くことができます。
  • このHPに使われている写真の撮影者は岡田克司さんです。
  • 日記の後には、「音楽療法でお薦めの本」「キャンパスの写真」があります。
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<2004年6月のキーワード>
6月30日(水)晴れ
 今日も暑い日となった。月曜日から第2回目の音楽療法キャンプがあり、今日だけボランティアで参加してきた。あまり気分が乗り気でなかったけれど、幸いにしてクライアントに会って憂鬱になったことがないから思い切ってでかけた。

 2年ほど前に個人でセッションをしていたDのグループに入る。覚えていてくれて、もっぱらDの相棒となった。久しぶりに一人のクライアントに付ききりになれてよかった。先生として教えていると、一人のテンポに合わせて動くことは少ない。どちらかというと私が主導、悪くすれば、カリキュラム主導で進んでいくこともある。今回、Dに接していて久しぶりにセラピストの感覚を思い出した。

 そう考えると、CAの仕事はあまりクライアントのテンポでできないかも。どこか、クライアントのテンポでできる環境でセラピーをしてみたいと思う。

 仕事は8月に延ばしてもらった。変更するなんて情けないけれど、元気満々で仕事を始めよう!

 モルモットを預かることになった。猫をようやく触れるようになった私にはネズミ系はちょっときつい。もっぱらOさんが世話係となるだろう。昨日のToastmastersのスピーチで、心に残るセリフがあった。引用の引用らしいけれど、「何かをコントロールしたかったら、名前をつければいい」ということだ。一応、飼い主がつけた名前はあるけれど、かわいらしい響きが好きでない。とっとこハム太郎にそっくりだけれど、ハムスターではないということで却下される。モルモットは「天竺ねずみ」と呼ぶらしい。それなら、「竺太郎」でよい。わずかだけれど親しみが湧いてくる。

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6月29日(火)晴れ
 昨日は、ガス・電気会社に入居予約をして、ケーブル会社にもインターネットの申し込みをする。パッキングはまだまだ。なぜ、こんなに本をため込んでしまったのだろう。

 夜はOlive GardenでTさんとOYさんが送別会を開いてくれる。豪華にワインをボトルで頼み、アペタイザー、パスタ、ピザ、サラダ、デザートと、満ち満ちたディナーとなった。店員さんに嫌われながらこちらは最高に楽しいという会食だった。嫌われたのはなぜか分からない。Olive Gardenのウエイトレスにしては機嫌が最初から悪そうだったから虫の居所が悪かったのかも。不機嫌な店員にもかかわらず、とりあえずこちらは幸せだった。

 さて、今日はいささか自己嫌悪。11日に出発して、15日に着いて、19日に働くなんて無謀な計画だったと反省する。目先のことしか考えずに、さっさとできると過信していた。職場に「開始日を遅らせてもらえませんか」と電話する。嫌そうな反応だった。考えてみれば、当たり前。社会人として恥ずかしい。自分の力量を予測できないなんて情けない。

 さらに、今日のToastmastersも2日前まで、「行く!」と言っていたのに、用事をすっかり忘れていて、キャンセルしなければいけない状況になった。それも、今日が最後のミーティングだった。ドタキャンというのは最低のマナー。用事が一段落したので、後半にだけ顔を出す。きちんとお別れの挨拶ができてよかった。

 学生の時は結構無理な生活もぐいぐい押してやってこれた。でも、そのしわ寄せでいつも疲れた顔をしていたし、頭痛もよくしたし、でも時間の融通がついたので昼寝をして取り戻すこともできた。これからは、働くのだから無理をせずに、余裕のあるいい顔で仕事ができるような環境を作っていかなければと反省する。

 Oさんも大きな仕事を目の前にしていて大変。お互いに一番忙しい時が重なってしまった。支えてあげるどころか足を引っ張ってしまっているようで。こういう時期に仕事を始めると選んだことも反省。基本的に引越しは一人で作業する。あまり細かいことにこだわらずに、お金で済むことはある程度妥協しなければと思う。

 そして、眠れない。不眠なんてこれまで縁がなかったのに。無理して寝ない方針なので、ゴソゴソ起き出してビデオダビングの作業をする。


就職祝いをもらう。Bill EvansのCDとお薦めのピアノジャズ。Jazz通のOYさんが見立ててくれたそうな。本もそうだけれど、どさっともらうとワクワクする。



6月27日(日)晴れ
 金曜日の朝、Milwaukee経由でGrand Rapidsに戻ってきた。両側一列ずつのシート、スチュワーデスなし、パイロット二人というシュールな飛行機だったけれど、コックピットも垣間見てワクワクしたフライトだった。

 夜にJがお別れ会を開いてくれる。大好きな中近東料理レストランのSultanでJやアドバイザーのR、Dr.T夫妻、AくんとクラスメートだったAが集う。若者が少なくて緊張した。相変わらずDr.Tの前では肩が凝る。その後、外に出てRやJ、Aくんとまだ明るい空を眺めながらつらつらと卒業生の話になる。穏やかで気持ちいい雰囲気が流れた。

 Oさんから青鷺を観にいこうと誘われて沼地を散歩する。日が一番長いときで、夜の9時過ぎになると夕焼けと半月を両方観ることができる。気持ちがよい散歩だった。

 そして、土曜日は補習校最終日。先週、初めて今月で辞めることを伝えた。今週、クラスの雰囲気が違っていた。みんな、遠慮深くなっている。ぎりぎりまで言わなくてよかったと思った。子どもが私を「先生」だと思っているうちは、迷惑もなんのそのと体当たりでぶつかってくるけれど、「先生―生徒」の関係が終わると遠慮が生まれる。体当たりの関係ができてこその学校なのに。遠慮を感じてちょっと淋しくなった。

 次々とプレゼントをもらった。クラスでピンク色のバラの花束を用意してくださった。放課後は個人懇談会があった。なるべく私の話にならないように努力した。やはり子どもの話をしたい。授業では明るく見える子も家ではワンワン泣いていることもあるみたい。子どもなりにがんばっているのだなと応援したくなった。後任の先生に引き継がなければいけないことがある。7時くらいまで残って、資料の整理をして職員室に全部置いてきた。

 その後は、疲れ〜た顔をしてB&J家の毎月恒例誕生会に出かける。これも最後だった。

 日曜日は補習校の同僚、同い年3人が揃ってNoviでタイ料理を食べた。それぞれ住んでいる所が遠いのでこうしてじっくり食事をするのは初めて。一度話し出すとおしゃべりはつきない。仕事のこと、将来のこと、生活のこと…など、やっぱり同年齢っていいなと思う。これからも長く付き合えるとうれしい。

 忙しい一週間だったけれど、ぐいぐい人生が動いている。ギリギリと舵を動かす音が聞こえてきそう。


指輪をもらう。


花をもらう。薔薇の匂いが部屋中に漂っている。


子どもからのメッセージがうれしい。



6月23日(木)晴れ@カリフォルニア
 午前中は倉庫を探して今回持ち運んだ荷物を預ける。日割りで計算してくれるので、数十ドルだけれどFedexで送るより安くなった。

 午後はIKEAという北欧系家具屋でベッドなど見に行こうとサンフランシスコ方面へ向かう。Emeryvilleというベイブリッジの手前にある町にあるのだけれど、途中、複雑な道路標示に戸惑い、ベイブリッジを渡らざるをえない状況になった。仕方なくサンフランシスコダウンタウンで降りる。

 いつ来ても恐ろしいサンフランシスコ。迷いに迷ってひなびた住宅街へ迷い込む。ペンキ一色で塗った小さな住宅がぎっしり並んで、あまりいいエリアではなさそう。おなかはすいてくるし、ちょっとトイレにも行きたいし、と泣けてくる。ようやく小さなスーパーマーケットを見つけてトイレ休憩。スーパーの倉庫裏の木階段を登らされる。とんだところに迷い込んだとヘロヘロになりながら、スーパーでサンドイッチとオレンジジュースを買って一息つく。

 地図をもう一度見直して、またダウンタウンへ戻る。Japan Townを見学した。2−3ブロック四方にわたる規模で、近鉄モールや紀伊国屋、北米毎日新聞社などがある。ラーメン屋さんやベーカリーなど懐かしいものもあったけれど、大変な思いをしてダウンタウンに来ることは滅多になさそう。いつ車をぶつけられてもおかしくない状況。ここで鍛えられると大阪での運転も楽になるかも。

 夜はインディアナのTさんに紹介されて、Oさんの知り合いの知り合いであるN&K夫妻に会う。ご主人がダウンタウンで働いていることもあって、Harbour Villageという中華レストランで待ち合わせする。二人とも中西部からカリフォルニアに移られたということ。似たようなバックグランドですんなり話に溶け込める。なんと偶然にも、今回契約したアパートに以前、住んでいらっしゃったとか。世界は狭い。

 中華料理はメニューを見ると、ツバメの巣のスープなど高級そうなものばかり。四川風ナス炒めやウズラのから揚げ、ポルトガル風のカレーなど食べる。マカオ出身のご主人からすると「もう一つ」という評価だそうだけれど、私にはとってもおいしかった。

 今回も夜のフライト。レンタカーを返却し、サンフランシスコ空港で夜の便を待つ。  


Diablo山。Walnut Creekのシンボル。


サンフランシスコのダウンタウンにあるカリフォルニア通り。


ジャパンタウン。



6月22日(水)いつも晴れ@カリフォルニア
 アパートを決めた。結局9件回った。とても明るくてきれいでお得な物件だった。2ベッドルーム2バスルームなのでいつ両親や友人が遊びに来てもOK。いいアパートなのだけれど難点が一つある。どうも瀟洒過ぎる。解放的な長屋の雰囲気のCherry Lnが気に入っていたせいか、人工的でお上品な雰囲気が落ち着かない。高台にあるタウンハウスが高かったので仕方がない。ここは1年くらいでいいや。

 今回のアパート探しを通して色んな人に会った。WCに住んでいるご夫妻や、親切な管理人さん、退役軍人の杖をついたおじいさん。大抵、「ミシガンから来た」というと同情してくれる。CAには中西部から来た人も多くて、やはり懐かしいらしい。

 お昼過ぎに決まったので、午後からPleasant Hillのダウンタウンを見学する。名前の通り、明るくて広々とした雰囲気。どちらかというと古都好みの私としては落ち着かない。ミシガンでおなじみのアイスクリーム屋Coldstoneを見つけてほっとする。本屋のBordersもあるしバークレー発祥のPeet's Coffeeもある。大規模な映画館もある。一通り何ができるかチェックする。Yan Kanというおいしくない中華料理のファーストフードでさらっと昼食をとり、Bordersで猫の本を買ってホテルに戻る。

 夕方はTodaiというバフェ形式の日本食レストランで職場の先輩のYさんに会って食事をする。中華料理のバフェはランシングでもよく食べた。日本食のバフェスタイルは初めてだ。20メートルほどの棚にずらっと寿司や刺身が並ぶ。壮観な眺めだった。海老のみそ焼きがおいしかった。誕生日に来ると無料になるらしい。あちこちからバースデーソングが聞こえていた。


Borders。「猫」の本を買う。


バークレー発祥のカフェ。


日本食バイキングTodaiで。蟹も食べ放題。



6月21日(火)いつも晴れ@カリフォルニア
 もう、今日の天気なんて書く必要がないと思うくらいいつも晴天。今日はアパートを4件回った。まずB&Jの親戚S&Lに会う。S&LはWalnut Creekに23年住んでいるということで紹介された。メールと電話でやりとりしていただけで会うのは初めて。二人とも優しそうでよかったとホッとする。地図やアパート情報を用意してくれていた。

 まず、WCダウンタウンの目抜き通りを回って、BARTというサンフランシスコと郊外都市を30分でつなぐ電車の駅を確認する。昨日は疲れていてあまりダウンタウンの光景もよくみえてなかったけれど、改めてたくさん店があってかわいい。NYでしか見たことがなかったティファニーまである。きっとお姉ちゃんが喜ぶだろう。週末にはたくさん人が集まって賑わうらしい。地元の人だけでなく他の街からも人が来るらしい。

 次は目抜き通りを一本奥に入ったくねくね道をドライブする。鬱蒼と木が茂っている感じがいい。この辺りにもアパートがあるようだ。北上してPleasant HillというWCより一つ先にあるBARTの駅に近い辺りを回る。広々とした道路の割には交通量が少なくてここもいい感じだ。さすが地元の人はどこがいいかよく知っている。そしてPleasant Hillのダウンタウンを回って、とりあえず休憩する。

 Mirakuという日本食レストランに連れて行ってくれる。トヨタの前に位置している。和服姿の女将が迎えてくれる。刺身弁当や天ぷらが入った弁当を食べた。ミシガンにいる時より、ちょっとだけ日本に近づいた感じがする。

 さて、Sの知り合いが不動産業をしているというのでアパートを一つ見学する。築30年という気合の入ったアパートで、WC市民の2%が住んでいるというほどの大規模なアパート群だ。800世帯も住んでいるらしい。中は広々としていてここもいい感じだ。40マイルにも渡るIron Horse Trailという遊歩道へ通じるゲートも裏にあるらしい。賃貸料も安い。ただ、ワンベッドルームというのが気になる。

 それほど暑く感じなくても日差しが強い。SとLも疲れてきているようでひとまずお礼をいって解散する。Oさんと二人でアパート探しに向かう。WCダウンタウンの近くにあるくねくね道沿いのアパートが気になる。なかなか管理人を見つけることができず、タウンハウスに迷い込む。管理人さん、ミシガンから来たと聞くと、とにかく助けたいらしい。周辺をドライブして見せてくれる。

 今日の収穫はまあまあ。夜にWCダウンタウンで食事をする。駐車場を探すのは思ったほど難しくない。市営駐車場がたくさんある。無料もあれば、30分以上は一律2ドルという良心的な料金設定だ。中近東料理屋を探したけれど見つからず、ベトナム料理屋で食事をする。ミシガンに比べてアラブ人が少ないようだ。East Lansingではアルコールを出す店は限られていたけれど、ここはほとんどの店でお酒を出すらしい。


花の名前は分からない。CAには薄紫色の花が多いなあ。


アパート探し。


ベトナム料理屋で固焼きそば。

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6月21日(月)晴れ@カリフォルニア
 カリフォルニアに来ている。出発する前は荷造りに追われた。せっかく高い飛行機に乗っていくのだから少しでも荷物を運ぼうと本をぎっしり箱に詰める。前回と同じくLansingから1時間西にあるGrand Rapidsから出発する。空からGrand Rapidsのダウンタウンを見下ろす。Grand Riverが流れているのがよく見えた。

 ミシガン湖を渡ってWisconsin州Milwaukeeに到着。今回はMidwest航空を初めて利用した。Milwaukeeがハブ空港になっているらしい。ビールとチーズの街らしくお土産グッズもチーズとビールを使った大胆なデザインが多い。大阪のノリと似ているかも。それにしても、フットボールの応援をするためにチーズ型の帽子をかぶるなんて。ミシガン湖を渡っただけだけれど雰囲気がちょっと違う。有色人種が少なくて白人もカントリー調。ビールを片手にUSオープンをテレビ観戦している。なかなか面白そうな街だと思った。いつか観光してみたい。

 Midwest航空はシックな紺のシートでなかなか高級感があった。焼きたてのクッキーも提供してくれる。機内食は食べたい人だけが有料で注文する。私は空港でおいしいベーグルサンドイッチとピザを食べる。考えてみれば不味い機内食を出されるよりは合理的かもしれない。

 夜、サンフランシスコ空港に到着する。やっぱりややこしい。それに、風が強くて寒い。ここはミシガンか。レンタカー屋をようやく夜の11時半に出る。目指すはWalnut Creek。ここがアパートの候補地だ。ホテルに到着したのは夜の12時を過ぎていた。新しくてこじんまりしていて、インターネットも無料で使える。いいホテルだ。Walnut Creek、普通な感じがいい。

 今日の午前中は健康診断のためNapa State Hospitalへ行く。Napaに来るのは3回目だけれどやっぱりいいところだ。視力検査から採血・採尿、胸部レントゲン検査をする。順調に進んで小一時間ですむ。前回、就職活動でCAに来たときも感じたけれど、すんなりと馴染める雰囲気がどこにでもある。気候のせいなのかもしれない。みんなとにかく笑顔で温かい。

 最後の薬物検査はNapaのダウンタウンのはずれにある病院で受ける。ちょうどお腹が空いたのでビジターセンターがあるモールでまず腹ごしらえをする。サーロインステーキをフランスパンに挟んだだけのサンドイッチを食べる。お腹が満たされるのはほんとうに幸せ。Oさんも初めてのNapaがうれしそうでバシャバシャ写真を撮っていた。

 午後からWalnut Creekでアパート探し。日差しが強い。まず、高いけれど素敵そうなアパートから周る。なんと、「Cherry Lane」沿いにアパートがある。「日記のタイトルを変えなくて済む!」と縁を感じたけれど、あまりにも高すぎてたぶん手が出ないだろう。とっても素敵なところだけれど。Walnut Creekのダウンタウンもドライブする。花がいっぱい咲いていてカラフルでお洒落な店が多い。歩いて楽しめる雰囲気がある。聞くところによるとこの街は最近人気上昇だとか。お上品な街らしい。街角で歩いている日本人をあまり見ないけれど、統計資料を読んでいると600から700人はいるらしい。

 夜はホテルの近くにあるイタリアンレストランへ行く。カボチャのラビオリを注文する。トマトと生クリームを混ぜたソースがおいしい。この味、ミシガンにはない。同じようなお手ごろ値段だけれど、ちょっとずつカリフォルニアの味はおいしい。


上空からのミシガン湖の眺め。湖岸線がよく見える。


3回目のNapa。ブドウ畑が茶色のなだらかな山に広がる。


通勤の途中にあるIndustrial City。異次元の世界に来たような雰囲気がする。


Pasta Primaveraでカボチャのラビオリを食べる。ミシガンの味よりちょっとずつおいしい。



6月19日(土)晴れ
 今日は補習校で初めて生徒に今月限りで辞めることを伝える。驚き、「どうして?」「次はどんな先生が来るの」。淋しいのどうのこうのというよりあっさりしたもの。私もしんみりしたくないので普段以上にあっさり振舞う。でも、みかけの反応以上に動揺しているのは分かる。子どもってショックを受けていることをきちんと表現できないものらしい。初日以上にそわそわして授業に落ち着きがなかった。

 個人懇談会もあって保護者の方にも伝える。驚き、「残念です」「おめでとうございます」「次の担任の方は?」「お世話になりました」「がんばってください」というところで落ち着き、そつがない。さすが大人だなあと思う。「ウチの子は先生のことが好きで、いつも補習校を楽しみにしていたのですよ」と言われるのが、シンプルだけど一番うれしい。怒られながらも機嫌よく学校に来てくれるのが何よりだ。

 Lansingに帰る前に、Shangri-La(香満楼248-626-8585)という評判の中華料理屋に寄る。海老とブロッコリー、胡桃を甘みのあるマヨネーズソースで炒めた一品が大好物。ミシガンを離れる前にもういちど食べてみたかったので、その一品と名物の大餃子をテイクアウトする。家でKやんやOさんとShangri-Laの味を楽しむ。家具の売れ行きもぼちぼち。大きいものが売れていくのがうれしい。


海老とブロッコリーの胡桃炒め。甘いマヨネーズソース味が病みつきになる。



6月16日(水)晴れ
 今日はS家のHさんにマッサージをしてもらった。日本で技術を習得されたプロの指圧・整体師だ。以前から興味があって、やっと試すことができた。

 肩こりはあるものの腰痛があるわけではない。お試し程度にと軽い気持ちでやってみることにした。開口一番、「ゆがんでいる」とのこと。右肩が下がり、うつぶせになる姿勢もゆがんでいるらしい。特に首の骨の一つが飛び出していて、これが頭痛のもとになるとのこと。こめかみもかたく、骨と骨のクッションになっている部分が押し潰されている…というかわいそうな状態だった。1時間たっぷりマッサージしてもらう。飛び出している骨を入れ、骨のゆがみを治す。ゴツンとあたる部分があるのが分かる。

 よく「入れといたわよ」というのを噂で聞いていたけれど、こういうことだったのかと納得した。幸いにして筋肉も柔軟性がある状態だったので、ぐっと骨を押し込むことができたみたい。姿勢も整体前と後では違う。写真に残しておけばよかった。首筋が伸びるので整体後は自動車のバックミラーの位置を変えることもあるそうだ。

 とにかく気持ちよかった。骨をまっすぐに保つように心がけよう。

 モールにいって買い物をしたり、宝石屋さんへ行ったり、車のディーラーへ行ったりする。インド風チキンカレーの素を買う。インド料理には初めて挑戦する。たまねぎ、トマトの缶詰、チキンとカレーの素をまぜてくつくつ煮込む。さらに、ヨーグルトも加える。トマトとヨーグルトの酸味が夏にはもってこい。久々に、得意料理に追加になりそう。  



6月15日(火)晴れ
 この2−3日はパッキングしながら友人に家具を観に来てもらっている。ぼちぼち売れ始めている。Futon(布団?)と呼ばれるソファベッドが人気商品。木またはスチール素材でフレームができていて、敷布団のように綿がギュウギュウに詰まったクッションを敷いて使う。寝心地は固めのベッドが好きな人にはちょうどいい。客用のベッドとして使われることが多い。

 パッキングの目標は30箱に減らすこと。なのに、また大きいものを買ってしまった。ギターのソフトケース。いつも欲しいなあと思っていたのが30ドル引きになっていて、つい買ってしまった。ブラインドなど長いものを運ぶときに使えそう。

 今夜はToastmastersで10こめのスピーチをした。これでCTM(Competent Toastmaster)というタイトルをもらえる。CAに行っても早速Toastmastersに入ろう。

 BさんとToastmastersの後、しばらく話しこむ。Bさんは、海外に行って伝道するというのが若い頃の夢だったらしいけれど、外国語を習得する才能なんてないからどうしようもないと諦めていた。でも、幸いにしてこうして留学生が自分たちのもとにやってきてくれる。もっと留学生のために何かをしてあげたいという情熱(Passion)がいつもあるのだけれど、どうやって神様がそれを実現させてくれるのかまだ分からない…という話していた。「情熱」という言葉を素直に出せるのがいい。「こうしたい」という気持ちがあるのはとても大切だと思う。そこで神様が出てくるのもふと頷けた。どんな形で実現できるかって、ビリヤードの玉みたいにコツンコツンと回されているだけで選べないこともある。自分のやりたいことを実現できそうな環境に落ち着けばそれでいい。


ギターケースを買ったついでに。ト音記号の花差し。"Let Me Call Your Sweetheart"という古い曲のオルゴールも買う。ホスピスで使えそう。

 



6月11日(土)雨のち晴れ
 今日は補習校で運動会があった。朝、Lansingを出るときはじゃじゃぶりでワイパーを最強モードで回してデトロイトに向かったものだ。幸いに午前中はグズツキながらも持ち、午後には大晴れとなった。

 自分が小学生の時は、運動会となると沈むほうだった。そして、補習校で勤めるようになって参加しなければいけなくなり、これまでの運動会でも90%の確立で気分が悪くなっている。子どもの時と違って、進行・応援する立場になった今は、参加しているのがほんとに楽しいのだけれど、太陽の光と子どもたちの元気な声援は偏頭痛のもとになる。頭痛薬と冷たい水、アイスパックを用意する。

 準備をしたお陰で今日はよくもった方だ。整列をさせたり、騒いでいる生徒を叱ったり。かけっこではスタートのホィッスルも生まれて初めて吹いた。タイミングが悪くてスタートが遅れた生徒もいたけれど、まあそれはお許し願いたい。教職員のリレーでも、思ったとおりの最下位だった。でも、トレーニングの甲斐があってなんとか走っているという格好にはなったようだ。競技を進行させる係りなので生徒が走っている姿をあまり見ることができなかったのが残念だった。リハーサルもなく1年に1回の行事だけれど大きな怪我もなくみんな楽しめたようでよかった。

 夜はO夫妻の家でお疲れさま会があった。広々とした一軒家でNさんの手料理をいただく。体力がないのでやはり途中から顔が青白くなってぐたっとなって申し訳なかったけれど、これが最後になるかもしれないし、お疲れさま会に参加できたというだけでうれしかった。偏頭痛対策は私の課題。眠るのが一番いい。今日改めて発見したのはマッサージとピアノを弾くのがいいことがわかった。マッサージをしているうちに朦朧としていた意識が少しハッキリとして、ピアノを弾くと痛みが和らいだ。やっぱり音楽療法?



6月10日(金)晴れ
 今日は涼しい。長袖が必要なくらい。昨日は韓国人のEの家へ遊びに行く。Eは敬虔なクリスチャンで、声楽を専攻していた。中村玉緒に似ている美人だ。彼女が初めてミシガンへ来て音楽療法を学ぼうというときに、少しアドバイスや手伝ったのをよく覚えていてくれる。当時は、まだだれとも付き合ったことがないんだと言っていたのに、いつの間にか大学で見かけなくなり、久しぶりに会ったら結婚していた。びっくりしたものだけれど、教会で知り合った人とトントン拍子に話が進んで結婚することになったみたい。生活が落ち着いて本腰を入れて改めて音楽療法を学ぼうとしているそうだ。

 ブルゴギやきゅうりのスープ等の手料理でもてなしてくれる。真面目だけれど抜けていて、そういうところが私と似ている。長く付き合えそうな感じがする。

 今日は、テレビでもレーガン元大統領の葬式中継ばかりだった。レーガンが大統領を務めていたころ私は10代だった。業績をまとめた追悼ビデオを観ていると、自分の周りで起こっていたことを再確認できた。星条旗を三角に折りたたむ儀式が印象的だった。

 夜はOさんがラジオ番組に5分だけ出演した。電話の向こうの声が聴こえないのが残念だった。はっきり話していたようで、放送をインターネットで聴くのが楽しみ。



6月9日(水)晴れ
 暑い日が続いている。今週は専ら、就職決定連絡(実は、健康診断が終わらなければ正式な採用ではないのだけれど…)、そして車の購入計画でディーラーを回っている。

 早速、月曜日にBattle Creekへ出かける。キーワードは「燃費」。お目当てのハイブリッド車の中古車が出ていると喜んででかけた。ところが、ホンダのInsightは後部座席がないのにがっくり。これでは両親を空港へ迎えにいくことさえできない。ホンダのCivicのハイブリッド版もあるけれど、まだ市場が充実していなくて、充分な品揃えがなかった。トヨタのPriusもしかり。シビックとカローラの見積もりを出される。

 さて、火曜日は街でパステルカラーのビートルが走っていることを思い出し、フォルクスワーゲンのディーラーへと赴く。大きさがちょうどいいし、スペースも不必要なほど広くない。とにかく、かわいい。花差までついている。新車の見積もりを出してもらう。燃費はよくないし、ちょっと高いけど、あまりにもかわいいのでまあいいかと思ってしまう。

 インターネットで中古のビートルを見つけたので、地元のディーラーにも出かける。LansingといえばOldsmobileの街。Oldsmobileの中古を中心に50年間地元で商売をしている老舗のディーラーだ。「えっと、探しているのは、フォルクスワーゲンのビートル。シビックとかカローラも一応興味あるけれど…」。一生懸命探してくれたけれどあまりない。「残念だけれど、今の所、あまり日本車はない。ところで、アメリカ車には興味がないの?」 ギクッ!アメリカ車なんて全然考えていなかった。よくよく考えるとなんと傲慢なのだろう。

 どうも私らの世代というのは、親の世代の「アメリカ崇拝」に冷めているのか、「日本の方が質がいいに決まっている」と自尊心が強い。ディーラーに指摘されて改めて気づいた。アメリカに来てアメリカ車に乗らないのは恥ずかしいという気もしてくる。アメリカにいるのなら、アメリカ車に命を預けようという気概があってもよさそうな気がする。

 決断はいつも遅い。しばらく迷ってから決めよう。

 今日は昔デトロイトの補習校で校長をしていらっしゃったI先生ご夫妻にお目にかかる。実際、I先生に会うのは初めて。でも、数々の武勇談・美談はいろんな人から聞いていた。お二人小柄で、想像していた通りいきいきとエネルギーが溢れていらっしゃる。そして、若造の話でも、じっくり聴いてくださる。私は結構ひねくれていることもあって、自分が生徒だった頃はあまり「先生」という職業に憧れることもなかった。アメリカに来てからとても教育に熱心な先生方に接するうちに、すばらしい職業だとだんだんひかれていった。今回、お二人にあって、改めてすばらしい職業だと感じた。



6月6日(日)
 金曜日は、荷物を送る場合の見積もり調査のためにFedexへ赴く。何箱になるか想像もつかない。料金はミシガンからカリフォルニアへ送る場合、「ゾーン8」という一番高い料金になる。ロッキー山脈を越えるのは厳しい。でも、見積もりは意外と安かった。1箱25ポンドの本をCAに送ると約18ドルらしい。30箱送っても600ドル前後で済む。

 アパートの下見予約を4件入れる。予想していた通り家賃が高い。光熱費や電話代などすべて入れると2ベッドで1500ドルは見積もっておいたほうがよさそう。これまでの3倍だ。

 水曜日から空咳に加えて、鼻水など風邪のような症状がでてきている。もしかしてアレルギー?他人事だと思っていたけれど、大人になってから反応を出ることもあると聞いている。アメリカに来て2−3年でなんらかのアレルギー体質になっていくらしい。周りで聞いてみると、空咳体験を持っている人が案外多い。アメリカの空気に何かがあるのだろう。

 昨日は補習校で疲れた。日曜日で天気がよいけれど、調子がでない。ソファに横になって日本のTV番組のビデオをボーっと観る。普段テレビをあまりみないので、久しぶりに観るとほんとに楽しい。



6月3日(木)晴れ
 まだ、引越し方法を決めていない。要はどれだけ荷物を減らすことが出来るか・・・ということで、ファイルの整理中。紙をドンドン捨てて、黒いゴミ袋がいっぱいになる。荷物が減るたびにうれしい。

 夜は久しぶりに中華料理のバフェを食べにモールの近くまで行く。あまりぱっとしない店だったけれど、新しいコックを雇ったのか、サーモン寿司や鰻胡巻き、チキンのココナッツミルク煮などという洒落たメニューもできていて大賑わいだった。移動式遊園地が今年も来ていた。観覧車やジェットコースター、回転式の乗り物やお化け屋敷などに挑戦する。私はこれぐらいで充分。わずかなスリルで充分楽しい。巡業興行師の自由な雰囲気がいい。スイッチボタンの操作はすべて興行師の気ままな裁断。回転式の乗り物なんて、発電機がウーウーうなってオーバーヒートしそうだった。10回を過ぎたところでもうやめて欲しくなったけれど、なかなかやめてくれそうにもない。途中で遠心力に抗う気もなくなり、諦めモードに入る。



6月2日(水)晴れ
 昨日から6月になった。卒業してから半年も経つのかと思うとぞっとする。でも、こうした空白の時間が人生の中でぼちぼちあるのは、ラッキーなのかも。

 さて、就職が決まったというものの、あまり熱心にいろんな人に知らせていない。しなければ・・・と思いつつ、この2−3日は引越し手順リストを作ったり、引越し方法の見積もりを立てているうちに過ぎてしまった。アメリカ人に聞くと、家具はすべて売って、また新調すればいいという。カリフォルニアにはIKEAもあるじゃないと勧められる。今、持っている家具は90%が中古で、数十ドルで買ったものばかり。1000ドル出して、トラックを借りて、ロッキー山脈を越えながら、テキストや中古本、大量の紙切れと安価な調理器具や中古の家具を積んで運転したいか…と聞かれるけれど、私の答えは「したい」。一度使った物に対する私の執着は強い。1000ドル出してもすべてを運びたい。ただ一人で運転をしなければいけないのならこの計画はやめる。1時間でも一人で運転すると眠気がしてくるのに、3日間は到底無理だろう。相棒探しがうまくいかなければ、他の方法を取らなければいけない。

 さて、今日はミシガン州政府の財務部にいる友人に招かれて、"Music Therapy and Wellness"についてJとプレゼンテーションをしてきた。州議事堂でできればと楽しみにしていたけれど、残念ながら会場のオペレーションセンターはLansing市のはずれに位置していた。広々とした建物に、ギターやキーボードなどを持ち込む。免許証の提示をして身元確認をされただけで、持ち込んだものの中身はチェックされなかった。

 昼食の時間を利用した教養シリーズのようなもので、ぼちぼちお弁当を持って職員が現れる。まず、音楽から始めて、音楽療法について説明し、どうWellnessの問題と音楽が関わるか話をする。実際にストレス緩和に効きそうなアクティビティをして、そして歌で終わった。約40分。いつも障害を持っている人を対象者にセッションをしていたけれど、今回の対象者は違う。それだけに、どんな反応があるかドキドキしていた。反応は好評で、どうやったら音楽療法士を照会してもらえるのかという具体的な質問も出てきた。もしうまくいけば、音楽療法とWellnessについての講習が年2−3回のペースでできるかもしれない。ミシガン州政府で音楽療法なんてちょっとかっこいい。

 生憎、私はカリフォルニア州政府に雇われる身となる。でも、こうして残っている音楽療法士が、ミシガンでさらに活動を広げてもらえるとうれしい。



5月30日(日)晴れ
 今日は晴れ間も見えていいお天気だった。近々運動会があり、リレーの選手として走ることになった。髪が短いせいで運動が得意に見えることがしばしばある。そのせいで今回指名を受けたけれど、体を動かすのは大の苦手。転ばないだろうか、バトンをちゃんと受け取って渡すことができるだろうか、間違った方向に走らないだろうか、と心配だ。とりあえず、怪我をしないことを目標に、筋肉を少しつけるために2−3日前から近所を走ることにした。筋肉もなく、根性もなく、5分でゼーゼー、すぐにCool Downモードになる。2週間で体を作らなければ。

 さて、就職の方は先に内定が決まった所に決めて正式に連絡をした。いつから働き出すかは来週になってから相談する。アパート探しや引越しの準備などやらなければいけないことが多い。車は冷房がないので買い換えなければいけない。アパートの荷物も買ってくれる人をぼちぼち探している。



5月26日(木)晴れ→曇り
 雷雨の1週間からようやく晴れ間が見えたかと思うと、今日はまた曇りとなった。

 昨日は、午後に日本語の家庭教師をする。日本語って主語があるのかないのか分からないような文章が多くて難しいなとおもった。その後、引き続き、Jと来週のプレゼンテーションの打ち合わせをする。

 5月ということで移動が多い。SDさんが今週の土曜日に日本へ帰国することになった。「帰る人」と「残る人」…何が違うのだろうと考えてしまう。別に、一旗揚げるために移住しようと思っているわけではないのだけれど。「潮時」がふと感じられるようになるまで待つしかない。

 Fish Marketで送別会ディナーを食べる。普段食べているものに比べたら、ちょっと値段が高めだけれどおいしかった。ホタテフライのリゾット添えがとってもおいしかった。Tシャツ好きのSDさんには、すごくローカルなTシャツをプレゼントした。喜んでもらえてうれしい。

 MSUではSpeech Therapyプログラムと音楽療法が何か提携しようという動きがあるらしく、Jに誘われてミーティングに行ってきた。面白い試みだと思う。Speech Therapy側の人はリーダーシップがあって、いろんなことをテキパキとまとめてくれそうな感じがする。失語症のクライアントにも会った。一人だけ黒髪の私は目立つ。中国旅行した思い出がよみがえるらしい。失語症の患者にとって私のバックグラウンドがセラピーにつながることもある。

 仕事のことでは昨日から、いろんなことがあった。正式には返事をしていないけれど、内定を一つもらった。理想の仕事にはまだ距離があるけれど、今の自分の能力や状況を考えると申し分がない仕事だ。断る理由がない。ただ、色んなタイミングが微妙に重なって他からも仕事の話が舞い込んできている。この2−3日で正しい判断ができますように。

 今日はもう一ついいことがあって、毎年恒例の、秋の全米音楽療法学会で発表できることになった。Proposalが通ったと連絡をうけた。土曜日の朝に1時間発表する。いいタイミングだ。仕事をしていても土曜日の午後に帰ることができるし。またじっくり勉強ができる環境を作らなければいけないと思う。新しい土地で早く環境を整えなければ。

 B&J家へ行ってこうした状況を話した。クリスチャンのB&Jは7月半ば辺りの予定まで長〜いお祈りをしてくれた。お祈りされるというのは素直にうれしいものだ。一つ一つお祈りの言葉を聞いていたら、私がクリアしなければいけない事柄など見事に把握してくれていた。他人に状況を把握してもらえるというのはシンプルにうれしい。  


Fish Marketで。手前はMahi‐Mahiというあっさりした白身魚。ピリリと辛いシーフードのパスタもおいしかった。

 



5月23日(火)
 昨日やっとThanks Letterを書き終える。状況によって少しずつ内容を変えなければいけないので、結構時間がかかる。

 車がオーバーヒートしやすくなっていたので修理する。サーモスタットの調子が悪かったとのこと。取り替えてもらう。色々と不満が溜まっていたかのように調子がおかしくなったけれど、これで満足したようだ。調子がよい。でも、この車との付き合いももうすぐ終わりになるだろう。これが最後の修理かもと思うとなんとなく淋しい。古い車を持ったお陰でいろいろ学んだ。

 一時帰国前に、Cちゃんが冷凍食品などを食べてほしいということで夜に来た。彼女がミシガンに戻ってくる頃には私はたぶんここにいない。ピンとこないけれど、これがミシガンでのお別れだったみたい。

 今日は一日中、大人のためのCPRとFirst Aidの講習を赤十字で受けてくる。今回は、試験を受けて、ちゃんと資格をもらえる。蘇生マッサージや人工呼吸、包帯の巻き方、やけど時の対処の仕方など色々学ぶ。すぐに911に連絡するのでなく、状況を判断して、何事も落ち着いて取り組むのが肝心らしい。自分の危険を省みないで助けるのはよくないとマニュアルにある。自分ができること・できないことを知るのが大切だということが分かった。First Aidの資格は3年間、CPRの資格は1年間有効。


この1週間、雷雨続きで大学内のレッドシダー川が大増水している。


赤十字でCPRとFirst Aidのトレーニングを受ける。

 



5月22日(土)
 昨日の朝、ミシガンに着いた。卵料理が無性に食べたくなって、Grand RapidsにあるIHOPで目玉焼きやベーコンの朝食メニューを食べる。

 家に戻る。溜まっていたメールを整理し、洗濯物・補習校の準備で明け暮れた。時差ぼけ・睡眠不足で昼寝を挟みながらなんとか終える。雷雨が激しい。竜巻警報が出された地域もあったようだ。

 さて、今日は朝5時に起きる。車の保険の支払い確認や、メールの返事などしておいた方がよいものがある。そして、6時40分に出発、デトロイトへ。運転してくださった方には申し訳ないけれど、眠くて眠くて。車の中ですっかり眠ってしまった。

 今日のクラスもよかった。ちょっとでもがんばろうと努力している様子がみられる。リサーチペーパーの書き方について説明した。内容は難しいかなと思ったけれど、意外と興味をもって取り組んでいたようだ。

 帰りの車の中でもウトウト。今日はP先生にお世話になった。

 OさんのProposal合格祝賀会とTさんのプレリムお疲れ様会をかねてSansuで食事をする。脱皮したての殻が柔らかい蟹の揚げ物、生牡蠣、寿司など豪勢に食べる。何かが終わるというのはうれしいものだ。Tさんによると、「問題は難しかったけれど、やっとけばよかったと後悔することはなかった」という感想だった。やれることはやっておくというのは、結果はどうであれ、後悔しないための大切な条件かもしれない。



5月20日(木)晴れ
 今日はSacramentoからまた西へと進んで、Napaを午前中に回り、Oakland周辺を午後に回ってミシガンへと帰途につく予定。

 Napaは去年両親と観光に訪れた場所。また、あのきれいな景色を眺めることができるなんて思わなかった。見覚えのある交差点に出る。実はこの前に病院があってびっくり。Napaのど真ん中に州立病院がある。広々としていてかわいらしい建物が多くて、さすが人気の高いスポットだけある。

 突然見学を申し出たにも関わらず音楽療法士がプログラムの手配をしてくれた。申し訳ないと思いつつ、でも、見学できてよかったという気持ちの方が大きい。従業員もみんな親切で、丁寧に声をかけてくれる。

 今回感じたのは、同じ州立病院といっても色々と方針も違えば目的も違う。特に、Napaでは新しい方針に基づいて治療をしているらしく、患者にも治療理念を啓蒙していく活動もしている。いわば人間らしい環境だけれど、精神病患者であり犯罪者でもあるので、どれだけ自由な環境を作っていくかというのも内部で疑問があるみたい。そうしたナマの話を聞くことができてよかった。

 ずっと南下してOaklandにある一般病院へ赴く。期待はしていなかったけれど、案の定、担当者にすっぽかされた。でも、代わりにもっと偉いプログラムディレクターが案内してくれた。微妙なのはこのディレクター自身が音楽療法出身だけれどキャリアに限界を感じて別の方面へ進んだことだ。その辺りが微妙。一応、私の経歴で受ける資格があるけれど、あまり歓迎されていない雰囲気だった。ちょっと嫌かも。

 そして最後にCAネットワークで紹介された日系人のAに会うために彼女の勤め先へ行く。一般病院の精神科で働いている。テキパキとしながらも、穏やかで気配りがきいて、よく笑って、とてもいい子なのだ。いつも新しい人に会うときには緊張する。Aに会った時にはほっとした。

 職場の雰囲気はかなりファンキーだった。化粧が濃くて、髪に原色の造花を挿した白髪がかなり交じっている女性を見かける。掲示板に向かって作業をしていた。あ、いるいる、こういう場をわきまえない服装をする患者が・・・と思ったら、Art Therapistということ。たまげた!Aはとてもまともに見えて、しっかりしているけれど、他の人は患者かスタッフか分からない雰囲気の人が多かった。

 案内されて、バークレーへラーメンを食べに行く。味噌チャーシュー麺と焼き鳥を食べる。Aは日本語は全然できないけれど日本の食べ物が好きみたい。それにしても店員さん、私には日本語で声をかけていたけれど、彼女には英語で話していた。やっぱり彼女は日系人の雰囲気が溢れているのだろう。

 Aに途中まで先導してもらって、空港に向かう。魔のサンフランシスコダウンタウン。去年も道をよく間違えて、ゴールデンゲートブリッジを5回渡るはめになってしまった。特に101Southがなぜか難しい。今回も、101Northで降りてしまった。一旦街中に入り込む。一方通行と斜めに走る道路で混乱してくる。このまま、Golden Gate Bridgeを渡ってしまったらもう泣きそう。

 幸いにして、偶然101Southへの乗り口が見つかり、順調にレンタカー返却、そしてターミナルへ辿り着く。カリフォルニアに来てから嫌な人に会ったことはなかったけれど、San Franciscoは別。去年と同じく、感じが悪い。レンタカー返却でも不愉快な思いをする。

 Red Eye Flight。夜の飛行機でミネソタ・GRRへと向かう。


久々の本格ラーメン!味噌チャーシュー麺。


ボーリング場を改装した食料品店、Barkeley Bowl。健康に気を使うCAの人の嗜好が表れている。数種類のドライフルーツ、シリアル、穀物、スパイス、味噌など選択肢が多い。



5月19日(水)晴れ
 カリフォルニア州の州都SacramentoのYさん宅に滞在する。午前中、少しゆっくりした後、面接先を目指す。80号線を西へ西へと太平洋側に向かう。夾竹桃だろうか、赤や白、ピンクの花が咲き乱れて北カリフォルニアはやはりきれい。

 今回、州立病院ばかり訪れているけれど、ここは刑務所の中にある。携帯電話持込禁止、空港なみのセキュリティチェックをする。何重にも頑丈なドアを開けて奥へと進んでいく。有名な州知事の顔写真も飾られていて物々しい雰囲気。看守や警察が制服を着て廊下をうろうろしている。さらに、奥へ進むために手続きをする。頑丈なドアを開けて出ると、広々とした廊下に突き当たった。いたいた囚人が。「Prisoner」と黄色い文字が縫い取りしてあるブルージーンズをはいている。大廊下を闊歩していて、なかなか活気があるではないか。

 Yさんに案内されて、急性精神疾患のある病棟や少し症状が落ち着いた病棟など見学する。面接もはさみ、結局ほとんど1日お邪魔することになった。厳しい面を見ることもあったけれど、私にも何かできることがあるのではという気持ちになった。

   ほんとにYさんのお陰で、色んな人に話を聞いたり、教えてもらうことができて大きな収穫だった。お昼にメキシコ料理を食べに外に連れ出してもらった時はほっとした。スタッフは明るくて親切でも、塀の中にずっといるというのは気持ちが疲れるものだ。そんなことにも配慮して案内してもらい、Yさんにはほんとに感謝している

 夜は韓国料理屋でご馳走してもらう。何回食べてもおいしい。ビビンバとユッケジャンを分けて食べる。

 お互いに早く寝ようと言っていたのに、結局夜遅くまでまたしゃべってしまった。


厳重な警戒態勢が敷かれている刑務所。しかし、周りは鹿やリスがのんびりと草を食べていてのどか。


また韓国料理。サイドディッシュの品数が多い。



5月18日(火)曇り
 朝、起きると気持ち悪い。体力がなによりも今回の勝負だ。早く目が覚めたけれど、薬を飲んで少しゆっくりする。先日電話インタビューをしたところに赴くため、M家を出る。2日間、お世話になりました。

 先日の電話インタビューは後味が悪かった。結局、直前まで連絡を取らなかったけれど、どちらにしろ、CAに就職することになったら顔をあわせる機会もあるだろうし、ぷっつり連絡しないのはよくないと考え直し、連絡して行くことにした。

 昨日の「高原のサナトリウム」に比べたら、ここは赤茶色の山に囲まれて猛々しい感じがする。この施設で長く勤めている韓国人の音楽療法士が案内してくれる。刑務所病院ということもあって、警戒が厳重だった。鉄網に囲まれて、中に入るには厳重なチェックがいる。カーキー色と茶色の服を着てきてはいけないという規則がある。囚人が着る服なので、囚人以外が着たらだめだそうだ。

 いろんなプログラムが用意されていて、みんな規律正しい生活をしているみたい。面接の担当者にも会う。案の定、電話面接では芳しくなかったらしい。でも、気に入られているのかよほど人手が足りないのか、うまくできなかった理由をかなり考慮してくれて、もう一度インタビューをセットアップしてもいいと言われた。誤解もとけた。またミシガンに帰ってから考えることにする。

 その後、1時間半LA方面に引き返し、別の病院で仮インタビューをする。施設は近代的でかわいらしい雰囲気もただよって、いい感じ。色んなプログラムがあるのもいい。インタビューもなかなかスムーズに済んだ。難点は、今求人がないこと。全体的に規模を縮小しているようだ。なかなか州立病院も他の病院と競合せねばならず、厳しい状況に立たされているらしい。

 これでLA方面見学も終わり。次は北カリフォルニアを目指す。


LAから東へ2時間ほど行ったところにある州立病院。薄茶色の山に囲まれ、猛々しい雰囲気。



5月17日(月)曇り
 朝はゆっくり起きる。M家の下宿人のように、勝手に起きて朝ごはんを食べる。朝から電話、電話。「今、カリフォルニアにいるから見学してもいいですか・・・」で、急遽また2件の予定を入れる。親切に予定を入れてくれる。アメリカでの就職活動の話で、現地に赴いて有無を言わせず面接の約束を取り付けるというドラマティックな逸話を聞いたことがあった。でも、私はそういうのはあまり好きではない。申し訳ない感じ。

 Chapman Universityというディズニーランドのそばにある大学へ行く。私の先輩でありTAでもあったDがそこで教えている。日本人留学生のHさんと3人で食事に出かける。Chapmanがある街は、アンティークの店が多く、とってもかわいい感じ。花がカリフォルニアらしく赤や橙色の鮮やな花でいっぱい。特に、素敵なのが薄紫色の花をつける街路樹。うっとり。

 キューバ料理を食べる。黒豆をたくさん使って、メキシコ料理に似ている。私はひき肉とライス、バナナに似た果物のフライを食べる。スパイスとバナナの甘さが新鮮。メキシコ料理のようにチーズを多用しないせいか、味が意外とあっさりしていた。

 Chapmanでは今週がファイナルウィークらしい。DとHさんは仕事に戻り、私はNさんの職場へ見学に向かう。

 今回自分でもすごく不思議なのは、なぜか、道に迷わない!パーフェクトなのだ。デトロイトではいつも迷っていた。CAの道路標識がうまくできているのだろう。

 Lantermanは州立障害者施設で、Nさんが「高原のサナトリウムみたいだよ」と形容していた通り、ほんとに静かで広々としてきれいなところだった。昔の映画「レインマン」を彷彿させる所。明るいオレンジ色の瓦屋根の建物にクライアントが住んでいる。奥には農場があり、馬もあり、ヤギもいる。ここにいれば、ほんとに「癒されそうな」環境だった。退所する人もいるけれど、そこに○○十年住んでいる人も多い。

 アパートの一室にあるようなNさんのオフィスで少し話した後、ご飯を食べに出かける。韓国料理屋で牡蠣と豆腐のスープを注文する。ミシガンでこんなおいしい韓国料理屋はない。石焼釜にご飯を入れて持ってきてくれる。釜に引っ付いたおこげは、水を入れて、こそいで食べる。とっても、おいしい。

 夜、クライアントを集めたカラオケ大会に参加する。私も1曲だけ参加。のんびり暮らして、ほんとにいい環境だった。


Chapman大学周辺はカラフルな花で溢れている。


牡蠣のスンデュブチゲ。石焼ご飯のおこげがおいしかった。



5月16日(日)晴れ
 お昼前に近所の沼地へ散歩に出かける。またBlue Heron(青鷺)を発見。いつも、真剣に獲物を狙っている。ごくろうさま。

 レンタカーでGrand Rapids空港まで行く。デトロイト経由でロサンジェルスへ向かう。機内は混みあっていた。リゾート目的なのか、軽装の乗客も多い。隣に座った女性はアメリカ人は長い黒髪を束ねてお箸をさしている。前髪を眉毛の上できっちり揃えて個性的な雰囲気。旦那は軍人でドイツに駐留していたけれど、今はイラクへ派遣されているらしい。東ヨーロッパが好きだそうな。カリフォルニアに向かう人はなんだか様子が違うという印象。LAXに到着する。夕方5時半。気候は思ったより暑くない。

 レンタカーを借りる手続きをする。窓口の女性はフレンドリー。車のキーをもらう。担当者は汗だくになりながらきちんと説明してくれる。保険は「自分のがあるからいりません!」と固辞したのに、「自分の保険を持っている人もかけているものだ・・・」といわれる。つい、負けてかけてしまった。FordのFocusを借りる。大きくて乗り心地がいい。

 さてLAの交通事情。幸いにして日曜日の夕方なので悪名高い渋滞はない。そして運転が意外と簡単だった。ミシガンで走る時は、いつも時速80マイル近く出さなければプレッシャーがあったけれど、LAではハイウェイは5−6車線あるので右側にさえいれば、70マイルでちんたらと走ることができる。

 珍しく道に迷うこともなく、Nさん宅に着く。夜はメキシカン料理を食べに行く。家に戻り、Blue Heronを飲みながら、Nさんと音楽療法談義をする。ミシガン時間にして夜の12時を過ぎる。眠くなってくる。



5月14日(金)雨
 今日は涼しくなった。午前中は図書館に行く。その後、Oさんのアドバイザーに会う。

 Cちゃんに助けてもらって、お土産の買出しに行く。East Lansing Food CO-OPでミシガン産のものをあさる。アップルバター、メープルシロップ、蜂蜜、石鹸、チーズ、チェリーバターなどいろんなものがある。メープルシロップやアップルバターが量り売りでおいしそう!アーモンドバターもすごく甘い香りが漂ってくる。とりあえず、チェリーバターやアップルバターを買う。

 Meijerでは干しチェリーをチョコレートでくるんだお菓子をいくつか買う。そして、ミシガン産ワインBlue Heronを買う。青鷺はちょうど近所の湿地帯で見たばかりなので親しみがわく。おいしかったらいいなあ。

 私の車はまだ入院中。担当者が「エンジンが動く」とお手上げ状態だった。動くと修理しようがない。「お金は一切取らないから、引き取りにこい」とのこと。またか・・・とため息をついていたところ、また担当者から電話がかかる。「最後の段階で、エンジンがかからなくなった。スターターが悪いから取り替える。」とのこと。運良くといってよいのかどうか。とりあえず、「診断」されたのでよかった。スターターの取替えに300ドルするけれど、それで100%OKな状態になるのならいいかと思う。

 アメリカの修理屋は厳しい職業倫理規定とでもいうものがあるのだろうか。エンジンがかからなくなる…ということは、案外巷でもよくあることらしい。「雨の前とか、湿気に弱いのだけれど…」といえば、「自分の車もそうだったよ!」と言う人もいる。それを考えると、修理屋も何が悪いかというのはある程度推測できそうなのだけれど。これまでの修理屋も「余計なお金を使わせてはいけないから…」と必ず言っていた。どこが悪いと予測がついても、実際目の前で故障して診断できない限り、修理を見積もってはいけないという規定でもあるのだろうか。そうした場合、「100%原因を突き止められなくてもいいから、これまでの勘で問題があると思うところを替えてください。」というべきなのだろうか。

 月曜日に車の部品が入るらしい。明日の日曜日からカリフォルニアだ。安くチケットを買ったために、便の多い1時間先にあるGrand Rapids空港から行くことにした。車がない。乗り捨てOKで、1日20ドルの格安料金がレンタカーが一社だけあった。Lansing空港で借りることにした。



5月13日(木)雨・曇り
 熱っぽくて調子が悪い。というのも、ヒーターのせいだ!このアパートの暖房管理は変。なぜ、こんなに湿気が多くて、生暖かい日に暖房を入れているのか。温風が部屋の中を吹きまくっている。湿気と温風で気持ちが悪い。

 夕方から、髪を切りに行く。涼しくてホッとした。やっぱり暑さのせいだったのだろう。だんだん気分がよくなっていく。この半年間、髪を伸ばしてきた。特に、外側の髪が短かったので、全体の長さをそろえている段階。

 私の車は湿気と暑さに弱いのだろうか。先日からエンジンの動作が不安定だ。またエンジンが動かなくなった。夕立直前だった。幸いにして土地勘があったので、近くの評判の高いガソリンスタンドに駆け込み、牽引してもらう。でも、これまでの経験からすると、修理してもらう時にはエンジンがまた動くのだろう。修理している時に調子が悪くないから何もできないというのは、修理屋としてどんなものだろう。車はいつも100%の状態であるべきだと願うのは無理な話なのかな。

 Okemosのカフェで少し休憩する。不幸中の幸いにして、夕立はやみ、家まで1番線のバスで帰ることができる。久しぶりのバスも楽しかった。窓が大きくて、雨上がりの緑がとてもきれいに見える。それにしても気の毒な私の車。天候に左右されるなんて、神経痛で悩まされるお年寄りみたい。幸いにして、無事に学期も終わり、それほど頻繁に大学に来なくてもよくなった。それまで、調子が悪いながらもがんばってくれたいたのだろうか。 



5月12日(水)晴れ
 朝はCAに行く準備をする。服を詰めたり、足りないもののリストを作ったり。

 昼から日本語の家庭教師。Yは台湾の山岳民族の研究をしていて、日本の植民地時代のことも関係あるらしい。「少年H」を一緒に読む。日本語を横書きする時は、なぜ左から右へ書くかなどの説明もあり、植民地政策と関係があるので面白い内容だ。「大東亜共栄圏」という言葉も説明するまでもなくそのまま通じる。

 夕方にG家を訪れ、買うことになっていた品物を引き取る。G夫妻は金曜日に日本へ帰る。これまでHさんのような体育会(系)の人とは無縁で過ごしてきたので新鮮で面白かった。お陰で、フットボール観戦にも行く機会ができて、楽しいものだということが分かったし。FさんにはAERAをいつも貸してもらえたし、和菓子やキムチも一緒に作った。ギスギスしがちな学生生活だったけれど、クォリティの高い生活を少し分けてもらえた感じがした。賑やかなご夫妻だっただけに、いなくなると淋しい。

 食後に散歩に近くの沼地へ出かける。私の天敵がゴーゴーと鳴いていた。鳴き声が遠くなるまでさっさと逃げたので、姿をみずにすむことができた。沼地は安心できない。


先日Outbackステーキハウスで食べたオニオンブラッサム。



5月11日(火)晴れ
 夜はToastmastersへ出かけ、9番目のスピーチをした。あと1つスピーチをすれば、CTM(Competent Toastmasters)の資格をもらえる。今日のスピーチは自信もなかったし、案の定、つまずいた。しどろもどろになっても終えることが大切。それだけはよかった。

 今日は生憎5人しか出席者がいなく淋しいミーティングだった。でもピーナッツバターの話で盛り上がる。アメリカ人(特に男性?)はピーナッツバターが大好きらしい。目を爛々と輝かせながら、どこのピーナッツバターがおいしいかとか、調理方法を話していた。以前、日本人向け情報誌「FrontLine」にも、ピーナッツバターとマヨネーズ、ピクルスをはさんだサンドイッチがおいしいと書いてあった。Grによると、ピーナッツバターとミラクルウィップ(マヨネーズの代用品)のサンドイッチがおいしいということであった。Grはこだわりの人なのか、ピーナッツバターとグラハムパンの組み合わせは最高で、わざわざパンを前夜からパン屋に注文して取りに行くらしい。Chによると、食パンにピーナッツバターを塗り、にんにくのスライスをのせて、ごま油をたらしてトーストして食べるとおいしいということであった。

 そこまでうれしそうに言われたら、試してみようかなという気になる。Grand Rapids産のフレッシュピーナッツバターというのが気になる。ぜひ、買ってみよう。

 Toastmastersに興味があるCちゃんも今日のミーティングにゲストとして参加した。ミーティングの後、一緒に映画を観にいく。Jim Carrey とKate Winsletが主演のEternal Sunshine of the Spotless Mindを観る。時間帯がちょうどよかったし、新聞の評価で10点だったので選んだ。Star-crossed lovers (「星回りの悪い」カップルという意味らしい)の二人が、関係がうまくいかなくて、お互いの記憶を消し去る治療を受ける話。面白い設定だけれど、話が入り組んでいて、画面は目まぐるしく変わり、目と頭が疲れた。ストーリーの展開も遅く、引張って引張って、やっと最後の5分でつながった。「疲れたぁ」という感想。記憶を帰し去る作業の部分が映画のほとんどを占める。笑える場面をもっと細かく設定すれば引張られてもいいのだけれど、平坦な場面が多かった。新聞の評価もあてにならない。

 NYの電車の風景を観ることができたのはよかった。海は大西洋だったのかな。2月の風景は結構厳しそうだった。



5月10日(月)晴れ
 午後から日本語の家庭教師で台湾人のYに会う。勉強熱心なので感心する。時々漢字で筆談した方が通じる時がある。「たまごからかえる」という話をしていて、どうしても「かえる」という言葉が英語で思い浮かばない。仕方なく内容を説明すると、分かったと中国語で「孵化」と書いていたので、「それそれ!」とうれしくなった。

 ゴホゴホ空咳をする度に肺結核の疑いをかけられ楽しくない。大学のヘルスセンターへ行く。聴診器を当てて肺の音を聴いてもらう。きれいな音だとお墨付きをもらう。原因はバクテリアかウイルスのせいだということではっきりしない。処方箋を書いてもらう。バクテリア退治のためにと抗生物質の薬が入っていたけれど、48ドルもするのでパス。夜眠ることができるように、咳を和らげる薬だけ買う。黒人の薬剤師さんに、「そんな所でお金を節約していたら、きっと木曜日辺りにまた来るよ」とからかわれたけれど、48ドルも出すくらいなら自力で治そう。

 疑いが晴れてよかった。ちょくちょく体調を崩すけれど、大病に至らない。ほどほどの健康で長持ちしそう。



5月9日(日)曇り
 最近、空咳がひどい。夜も咳のせいで何度も起きてしまう。どこかバランスを崩しているのだろう。幸いにしてCA出発まで1週間あるので、無理をせずに調整しよう。

 昼からLansing湖畔でG家主催の今シーズン初のバーベキューがあった。炭で焼いた肉をはさんでハンバーガーにして食べた。みんな一品ずつ持ち寄り豪華なバーベキューとなった。日本に帰国する人が多い。また送り出す側になってしまった。海外に出ても、すんなり日本に戻る人もいれば、そうならない人もいる。私はだらだら滞米組。いつ、日本に戻ることができるのかなあ。

 今日は母の日だった。すっかり忘れていた。日本時間ではもう月曜日だけれど電話を入れた。



5月8日(土)曇り
 今日は補習校だった。大変だなあと思っていた子も、ちょっとずつやる気がでてきたようでうれしい。今日はLansingの地図を使って張り切って算数の問題を作った。子どもたちは、「先生の住んでいるところだ」とうれしそう。でも、やっぱり私の問題。正解が出ない仕組みになっていて、急遽問題を変更した。相変わらず抜けているなあと反省する。

 夜はOutbackというステーキハウスでG家の送別会を開く。卒業式シーズンで着飾った高校生が多い。オニオンフラワーという名物のたまねぎ揚げをオーダーし、私はサーロインステーキとビールを注文する。この2年間、G夫妻は楽しい経験をしたようでよかった。Hさん節も滑らかで、楽しい時となった。これまで色んな人を送りだしてきたけれど、こうして楽しい経験をした人を送り出すのはうれしい。2年間で学んだこと…という話になり、Hさんらしく、「勢い」ということに落ち着く。それは私も納得。なんでも、やったもの勝ち。動けばなんとか形はついてくるもの。これからが楽しみ。



5月6−7日(木ー金)晴れ
 昨日と今日の分とまとめて。

 昨日はミシガンの音楽療法学生が集まった。ミシガンでは音楽療法を学べる大学がWestern Michigan University、Eastern Michigan University、Michigan State Universityと3校ある。お互い行き来するのに車で1時間強かかるので普段は滅多に合わない。これまでカンファレンスでなんとなく顔を合わすことがあったけれどそれ以外で会うことはなかった。今回、米国認定音楽療法士を合格したり修士を終わった人などお祝い事もあり、晴れて集まることができた。

 真ん中のLansingでということになり、拙宅に遠方から足を運んでもらった。WMUから2人、Eから1人、ファイナルを終えたばかりのMSU組3人と、計7人が集まった。

 料理をたくさん作るのは苦手なので会費制で中近東料理をテイクアウトした。デザートくらい手作りでがんばろうとあんみつを作る。あんみつを食べると和むのか、その時ばかりはみんな静かになっておかしかった。

 みんな、よくしゃべった。音楽療法の問題点やこれからの夢など話はつきない。不安も山ほどある。でも、まあなんとかなるだろうということで、シャンペンで乾杯をする。最後にSちゃんのギターに合わせて、森山直太郎の「さくら」を歌う。さびの部分しか知らなくてあまり自信を持って歌えなかったのが残念だけれど、みんなと一緒に歌ってたらいい感じ。自然とハモってさすが音楽療法士たちの集まりという感じがした。みんながんばろう!

 さて、今日はXデー。初めての本格的な電話インタビューがあった。結構、しゃべるのには自信があったし、知らない人ともなんとかコミュニケーションできると自信があったのだけれど、ちょっと後味の悪いインタビューとなった。

 夕方から台湾人の男子学生の日本語家庭教師に付き合う。今日が初日。相手の希望も分からないので少し不安だったけれど、日本語の文を一緒に読んで解説しているうちに、やり方も見えてきた。熱心に学んでいる様子。第2次世界大戦時の日本軍の台湾占領政策に興味を持っているみたい。ちょうど、先日読んだ「女が学者になるとき」は、インドネシアの占領政策について著者がフィールドリサーチしたことだったのでつながりを感じる。

 時々、自分で不思議なくらい戦争時の出来事について興味を持っていると感じることがある。以前、タイに行った時、日本軍が建設したという泰緬鉄道のレールの上に座ったからだろうか。その時にデジャブー感覚を味わって以来、妙に戦争の話に敏感になる。

 この1週間、アメリカで大きな出来事といえば、1994年から人気を博していたドラマ「Friends」が昨日最終回を迎えた。夜のトークショーでもFriends一色だった。どの場面を観ても面白いドラマだった。



5月5日(水)晴れ
 就職のことで知らないところに電話をかけたりメッセージを残すのにも慣れてきた。

 2003年2月のAERAを読んでいてツボにはまってしまった。現代の肖像「谷川俊太郎」。全国各地で朗読をして回っているとのこと。朗読の合間に小学生の男の子から質問があった。「何でそんなに年寄りなんですか?」

 ごめんなさい、私は失礼ながら、現代の肖像で谷川俊太郎の写真を見て、「まだお元気だったのか」とびっくりしてしまった。名前が偉大すぎて、とっても古い人だと勘違いしていた。

 散歩がてら近くの沼地へ出かける。ジャコウネズミや青鷺が生息している。先日カワウソだと思っていたのはジャコウネズミだとOさんに教えられる。青鷺がワサワサと大きな翼で飛び立つ。青鷺なんてうまれて初めてみた。都会っ子には新鮮だ。

 夕方からもCAに連絡を入れる。時差があるので、夕ご飯を食べても落ち着かない。2週間後にはCA見学をしているので、コンタクトに忙しい。B&J家のJが電話面接の練習をしてくれた。本番さながら電話をかけてくれる。

 明日はドラマFriendsが最終回らしい。1994年に始まって以来、国民的な人気を博している。今日は特集でFriendsの舞台裏や主演女優・男優へのインタビューがあった。Friendsはどの場面をとっても面白い。明日の最終回が楽しみ。



5月4日(火)晴れ
 今日は学生健康保険のオフィスを訪ねる。近々、健康保険が切れるので更新しに行った。そして、恐るべきことを発見。12月の末に、あれほど書類をそろえて健康保険に申し込んだのに、実はこの5ヶ月間全く登録されていなかったのだ。コンピュータで調べてもらったら、私は非加入になっているそうな。ただ、書類の整理はきちんとしていて、私が12月に足を運んで、加入の手続きをしたり、必要書類を提出した証拠は残っている。

 担当者は慌てて再手続きをし、更新の手続きもする。変なのは1月からの保険料を遡って徴収されること。今更なんで?と変な感じがする。結果からいえば一度も病院にいかなかったので、過去5ヶ月の保険料なんて払いたくない。大学側には責任はない、私も書類の手続きをきちんとしているので責任はない、悪いのは保険会社だと、大学の担当者は一点張り。来た来た。また、「責任、責任」ばかりで、謝罪は一言もなし。

 無保険で、San Diegoに旅行し、太平洋にも出て鯨見学をし、乗馬もして、日本にも旅行していたのかと思うとぞっとする。なんともなくてよかった。日本にいた時は、健康保険なんてあまり悩まなかったけれど、アメリカにいるとすごく気になる。アメリカでは健康とお金の関係が生々しいほど見えやすい。インターンシップで勤めていた病院も、保険でカバーされないからと治療終了になったクライアントが何人いたことか・・・。雪の日に中央分離帯に私の車が落ちた時も、引き上げにきてくれた人が最初に言った言葉は、「引き上げ賃をどうやって払うか?」ということだった。健康というのはここではお金で買うものらしい。



5月3日(月)晴れ
 今日はみんなが"Jury"と呼んでいるパフォーマンスの期末試験。今日が本番。私が伴奏を引き受けた二人の学生は無事に済んだ。女子学生の方は本番直前まで練習を一緒にして、安定した仕上がりとなって無難にこなした。男子学生の方は昨日の時点で練習はもういいよという感じで、今日は練習無しで本番に臨んだ。アドリブが多くてびっくりした。面白い経験だった。私は今日の女子学生のようにひたすらコツコツ練習して仕上げる方だけれど、アドリブ的な要素が好きな人とやるのも新鮮で面白い。

 なんとなく夜は少しお祝いしたい気分で、韓国系食料品店で、ブルゴギと小さな蟹を丸ごとコチュジャンで和えた物を買ってきておかずにした。蟹の殻やはさみをじゃりじゃり食べた。変な感じ。

 夜は同期のSちと長電話する。これまで色んな人に会ったけれど、ほとんどの人が日本に帰国してしまったなあとなんともいえない感想。お互いに就職活動中。

 Tさんから借りた倉沢愛子著「女が学者になるとき」を読む。大戦中、日本がインドネシアを占領した時の政策についてフィールドワークを重ね研究に打ち込んだ著者の自伝。歴史は結構好きなのでその部分を読んでいるのも面白かった。研究者としてはラッキーな人生を歩んでいると思うけれど、フィールドワーク中に夫との溝が深まって離婚した。でも、最終的には落ち着くべきところに落ち着いてよかったという感想。



5月2日(日)晴れ
 朝から母と電話で話す。理解されていないと感じて悲しかった。

 昼からピアノの伴奏をするために出かけた。なかなか二人ともよく出来上がっている様子。明日が本番なので、練習はここでストップ。これからはじたばたしても仕方がない。

 今日は肌寒いけれど、雨上がりで新緑もきれいで気持ちのいい日だった。リスは発情期なのだろうか。雄リスが雌リスを追いかけていた。雌リスは必死で逃げて、よっぽど気に入らないのか、「キー」と鳴いて追いかけてくる雄リスを睨みつけていた。横から、別の雄リスが入ってきて、最初にいた雄リスに追い払われていたり。普段は一人で黙々と木の実を食べているくせに、今日は活動的だった。

 帰ってきてから、シュークリームを作る。カスタードクリームが柔らかめだったけれど、味はおいしい。B&J家におすそ分けを持っていく。私が安寿と厨子王と勝手に思っている中国人の姉弟が遊びにきていた。おいしそうにシュークリームを食べてくれた。なかなかこの一家は大変なのだ。父さんは今は中国に戻ってリサーチをしているのでしばらく不在。母さんは、一人っ子政策を逃れるために英語もままならないのにアメリカに来て奮闘している。でも、車の事故で体の調子が悪いらしく今日は病院に行ったみたい。

 姉と弟はそんなこと全然気にしていないように、テレビを観たり、ピアノを弾いたりしていたようだけれど、ほんとうは子どもながらどこかで大変なんだと思う。何かしてあげたいなと思うのだけれど、不器用なので何をしたらよいのか思いつかない。ちょっと気がかり。 



5月1日(土)雨
 今日は補習校で授業参観と保護者懇談会があった。今までの中ではなかなか出来がいい方だった。最近、授業中でお説教が多くなってきた。少し手がかかる生徒がいるから自然とそうなってくる。子どもってなんだかんだいって、勉強が好きで、ちょっと手ごたえがある問題を出してもらうとうれしいもの。お説教が多い授業はつまらないだろうと思う。他の対策を考えよう。

 OPTを使って初給料をもらう。うれしい。

 帰りは土砂降りの雨で運転が大変だった。20メートルほど先しか見えない状況で怖かった。

 夜はピアノの練習のために大学に行く。1時間で練習が済んでよかった。

 そして、なぜか落ち着きなく、Toastmastersのスピーチ原稿を考える。補習校で働いた日の夜は、何もしない状態というのはかえって落ち着かない。何か別の活動をしている方がリラックスできる。



4月30日(金)
 学期末試験が近づいてきた。水曜日は伴奏をする生徒のレッスンに付き合うためにずっと学校で待機。久しぶりにレッスンの雰囲気を味わって緊張した。やっぱりレッスンってすごいなと思う。先生のレッスンを受けるとぐんとメリハリがついていい演奏になった。

 木曜日は補習校の準備など家で過ごす。夜から再び大学へ。ピアノの練習をした後、本屋へ久しぶりに行く。OKさんに会う。ケーキの本がバーゲンだったので思わず買ってしまった。

 さて、今日は午前中が忙しかった。朝、早く5時過ぎに目が覚めてしまったので、仕方なく起きる。メールをチェックし、やる気のなさを克服するための本を読んだ。やる気がないのは怠惰なせいだと決めつけるのは、余計にself-esteemが低くなり罪悪感を持つようになるからよくないとのこと。「○○しなければいけない」と思い込むのは逆効果らしい。それよりも、この本はやる気を妨げる思い込みを、発想転換することによってやる気を引き出していこうというものだった。

 二度寝をしたら寝すぎた。約束の時間にぎりぎり間に合う。まず、バイオリンの伴奏。水曜日よりはうまくなった。

 そして、日本語の家庭教師を探している人がいたので、では私が…と早速会う。目的意識がはっきりしていてやりやすい。感じのよい人でよかった。

 Toastmastersで知り合いの整体・指圧師Kが医学部生にスピーチをするというので観客になって出かけた。医学部は少しキャンパスの北の方にある。昼食は無料で提供される。タイ料理が出た。広い講堂で学生が20人前後。有志の学生が、ゲストを招いて昼食付きの勉強会&イベントを開いているらしい。前半はKが整体・指圧師になる訓練方法や、資格など初歩的なことについて話す。後半は実際指圧のデモンストレーションをする。時々、なかなか鋭い質問が入る。「どれくらいの期間通院しなければいけないのか?」「今、触っているのは、診断しているのか、それとも治療を始めているのかどっちだ?」とか、実践的できびきびしている。なかなか面白かった。

 午後は家に戻って洗濯などを済ませる。昨日買ったケーキの本を見ながら、早速アップルパイを焼いた。






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*****キャンパスの写真*****


Beaumount Tower 塔の上で鐘の演奏がある 


Music Buildingの入り口。古い建物だ。


Music Practice Building。地下に音楽療法クリニックがある。


メインライブラリー。噴水の維持費は結構高い。


Cherry Laneアパートの風景。

Red Ceder Riverのかも。たまにエサをやる。

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